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教育書の生かし方—読書による閃きを実践化する過程が、指導力を磨く!
JPY 2,090.00
東洋館出版社
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「いい授業がしたい」「いい学級をつくりたい」「子どもたちの成長に少しでも寄与したい」 どの先生にとっても願ってやまない、言わば永遠の課題だと思います。少しでも成長できるよう、研究会に参加する、同僚の先生方の授業を観る、上司や講師からの助言を糧にする、研究授業に挑戦するなど、日々研鑽を積まれているかと思います。そうした手段の一つとして挙げられるのが「教育書から
学ぶ」です。 教育書から学んだことを咀嚼しながら自分の授業に落とし込むことができれば、教師としての成長を加速してくれるでしょう。ただ問題は、書籍から学んだことを自分の実践に落とし込むことのむずかしさにあります。 こんなふうに感じたことはありませんか?「年に何冊か読んではいるけれど、それで自分の実践が大きく変わったという実感はないな」 「実際に試してみたけど、あまりうまくいかなかった」こうしたことはきっと、読書に限ったことではないと思います。 研究発表会などで他校の素晴らしい公開授業を参観した後に、こんな感想を耳にすることはありませんか?「この実践は、優秀な子どもたちが揃っているからできるんじゃないかな」「自分の学校とは地域の実態が違いすぎてとても真似できそうにない」著名な講師の講演などの場合でも、同じような声が聞かれることもあるでしょう。 では、読書も、授業参観も、講演も、みな役に立たないものなのでしょうか。そんなはずはないですよね。それらすべてをひっくるめて「情報」とみなすならば、情報それ自体がどうなのかではなく、情報をどう受け止め実践化するか、「情報の生かし方」の問題なのだと思うのです。 それでは、どのようにすれば読書を通じて得た情報を自身の実践に生かせるのでしょうか?この問いに対する私なりの考えと具体の実践を記したのが本書です。 本書では、この10年の間に読んだおよそ1500冊のなかから、特に教師としての私の成長を促してくれた22冊の教育書を扱っています。それらはどのような内容の書籍なのか、そして読書を通じてどんな閃きを得たのか、それを実践にどう取り入れ、教師としての力量形成を図ってきたのか、その過程をつまびらかにする本だと言えるでしょう。 ここでは、22冊のうちの1冊を抜粋しながら紹介します。 「子どもの自発的な行動を引き出す環境デザイン佐々木正人著『アフォーダンス―新しい認知の理論』岩波書店、1994年 認知心理学に関心のある方であれば、「アフォーダンス」という言葉をご存知かと思います。これは、ジェームズ・J・ギブソン(アメリカの知覚心理学者)が「英語の動詞アフォード(afford)を名詞化した造語」として知られます。本書の言葉を借りれば、「環境が動物に与え、提供している意味や価値」(60頁)と定義されており、次のように説明されています。 「紙には引き裂くアフォーダンスがある。しかしもしあなたが見つけた紙が『厚いダンボールの小さな切れ端』ならば、それは紙であっても破ることをアフォードしないだろう。つまり、破れないと知覚されるだろう。ただし読者が特別な握力をもっていれば別で、小さなダンボールの切れ端も『破れる』と知覚されるはずだ」(72、73頁) この説明をもう少し日常に引き寄せてみましょう。台所の食器棚に並んだ大小さまざまなお椀やお皿、グラス、お箸を想像してみてください。これらを私たちの側から見たとき、何のために存在すると言えるでしょうか。ご飯やおかずを盛る、汁物を入れる、飲み物を注ぐ、食べ物をつかむなど、食事をするために使う道具として存在すると考えると思います。それに対して、道具の側から見たらどうでしょう。お椀やお皿であれば焼き物、グラスであればガラス、お箸であれば木などの物質的特性をもっています。そこで、試しにグラスを指で弾いてみたら、コーンといい音がしたものだから、お箸をスティックに見立てて叩いてみた。あるいは、形が不揃いなお皿をどれだけ高く積み上げられるかを競う競技があったら、おもしろいんじゃないかと考えてみた、だっていいはずです。 いずれも、〝お行儀が悪い〟と家族から非難の声が上がりそうですが、「アフォーダンス」概念では、食器を楽器として使ってもよい、競技として使ってもよいというメッセージだと受け取ることができ、「モノが演奏(または競技)をアフォードする」と表現するわけです。実はこの「アフォーダンス」、建築、設備、インテリア、Webサイト、人工知能など、デザインを必要とするあらゆる分野に多大な影響を与えたと言われているものなのです。 〔中略〕 生活科は、子どもの思いや願いを大切にする教科です。「やってみたい」「こうなるといいな」という思いや願いの実現に向けて何をどうすればよいかを考え、自ら対象に働きかけながら活動を進めていきます。このとき教師は、子ども自身が気づけるように間接的に指導する(支援)することが求められます(「今日は○○をやります」「こういうときは□□をしなさい」と指示を出すなどの直接的な指導は極力避けます)。秋遊びの単元での次の例がわかりやすいと思います(ほかの単元にも応用可能)。 ドングリ・ゴマをつくって遊んでいる子どもがいたら、最初はそばで見守りながら、「すごいねえ」「よく回るねえ」と共感的に声をかける。 ずっとそれだけではだめで、回ることに満足している様子であれば、「1、2、3、…」とさりげなく数えてあげる。 「先生、私のこまは24秒回ったよ!」「私は27秒だったよ!」などと競いはじめたら、メモ用紙を取り出して記録を書いてあげる。 こうしたちょっとしたかかわりを通じて、子どもたちは時間を使って競い合いながら、どんなドングリだとよく回るのか、どんな回し方にするとよいのかを考えていきます。 〔中略〕 こうした子どもへの接し方は、嶋野道弘先生(元文部科学省視学官)に指南いただいたことで、子どもが自然としたくなる声かけや道具を用意しておくという考え方です。そうすれば、教師が「ああしなさい」「こうしなさい」と指示や助言をしなくても、子どもが自ら気づける間接的な指導(支援)になるというわけです。このように声かけや道具を用意しておくことを総称して「環境構成の工夫」と言いますが、お気づきになりましたか? そうです。「アフォーダンス」です。 〔中略〕 生活科がはじまった当初、幼児教育で行われている教師のさまざまな支援を参考にしていたと聞くし、いまでも園にうかがうと学ぶことがたくさんあります。カブトムシを例にしてみましょう。 休日に捕まえたカブトムシを虫かごに入れて園に持ってきた子どもがいる。 周囲の子どもたちがカブトムシに興味をもつ。 翌日、虫かごの近くにさりげなく昆虫の絵本や図鑑、虫取り網などを置いておく。 登園してきた子どもたちは、カブトムシの様子を見ながら、近くに置いてある図鑑に気づいてページをめくる。すると、カブトムシだけではなく、いろいろな虫に興味が湧く。 次第に居ても立っても居られなくなって、虫取り網を手に園庭に向かっていく。 これぞまさしく保育者による意図的な「環境構成の工夫」の最たるものです。つまり、あれこれ言わなくても、子どもたちが自然とそうしたくなるようにしているわけですね。 〔中略〕 一見、教師が何もしていないように見えて、さりげなく構成された環境が、子どもたちの行為を誘っている。このような質の高い指導に出合ったら、そこにどのような「アフォーダンス」が隠れているか、考えてみるのもおもしろいのではないでしょうか。 通読記録1500冊から選書された珠玉の22冊読書による閃きを実践化する過程が、指導力を磨く